『小さな村の小さなダンサー』感想。涙なしでは見られない感動の実話

小さな村の小さなダンサー




中国山東省で生まれた少年が、世界的に活躍するバレエダンサーになるまでの半生を描いたノンフィクション映画です。

時代は、毛沢東政権の末期

毛沢東の紙幣

山東省で7人兄弟の6人目として生まれます。
それはそれは貧しく、ご飯を食べることすらままならない家庭に育ったリー・ツンシン

彼は政権を発展させるためにバレエの才能がある人材を探すための視察団にピックアップされ、見たこともないバレエをやることに。

中国という国の圧力がいかにして強いことか…。

平成に生まれ、平和な日々しか知らないわたしは、これほどまで時代や政権が人民の生活を大きく動かすことに衝撃を受けました。

小学生の子供を両親から引きはがし、国のためにバレエを勉強させる。
両親も家族の誇りだといって幼い子供を送り出す。

もちろん、貧しいが故、お国のお世話になればきっとご飯を食べさせてもらえるというような親心もあったとは思いますが、まるで戦争に送り出すかのような印象をうけました。

感動と涙の嵐に襲われる

時代を感じさせるシーンの数々

そして、大使館に捕獲されてしまったり、バレエだけでなく、時代背景を感じさせるシーンが多かったように思います。

そのような困難を味わいながらも、家族を喜ばせたい一心で必死に努力する彼のひたむきな姿は本当に感動的です。

いろいろなテーマが複雑に絡み合っている。

バレエだけでなく、家族愛や師弟愛、苦楽を共にした友人とのことや、彼の才能。
そして努力、国の文化の差や国境を越えたロマンス、国家の問題など、さまざまなテーマが一つになった映画。

もちろん、バレエの映画なので、映画の中で披露される作品の一つ一つも見どころ満載で、見入ってしまうシーンが多かったです。

両親との別れのシーンや、再会シーン。
母親がずっと心に秘めていた「息子を返してほしい」という想いをぶちまけるシーンは、涙なしには見れませんでした。

リトルダンサーとの相違点は?

似たような映画で『リトルダンサー』という映画がありますが、バレエを始めたきっかけは異なります。

『リトルダンサー』のように自分からバレエをやることを望んだのではなく、国からの圧力、国からの命令、それが家族のためになるという、幼い少年が背負うには重すぎる重圧。

その中で、また、両親が願って送り出したような環境ではなく、なかなかに劣悪といえる環境で、ひたむきに頑張る少年の原動力は家族への愛だと最後には確信するような、ストーリーとしても素晴らしい映画。

自由が許される国ではない。

彼はバレエに魅せられ、結果的に自由を手に入れる代わりに家族が犠牲なる・・ということもあり、現代では考えられなような出来事も多かったです。

最後の最後、自由を手に入れたツンシンが外国人(白人)を連れて凱旋帰国し、五星紅旗の前でバレエを披露するシーン。

家族のために始めたバレエによって、家族を犠牲にし、それでも自分の力で手に入れた自由によって、凱旋帰国することができたと思うと、とてもとても複雑な思いがあふれて、なぜかツンシンの気持ちに寄り添いたくなるような不思議な感情になりました。

ミキコ
あの時、どんなことを考えながら踊ったんだろう。

栄光を手に入れるために犠牲にしなければならないものが多すぎる時代

水道もなく、冬には氷点下になるのに暖房もないような街に生まれ育った、純粋な彼はただただ純粋にバレエの美しさに魅了されたと同時に、お父さん、お母さんのためにと自分の自由を一度は全て捨てた。

その彼が自由を求めて亡命したり、家族が犠牲になってしまう残酷な話は心に突き刺さるものがありました。

ミキコ
アメリカで16年プリンシパルを務めた中国人は彼くらいで、本物の才能を感じます。

この映画はノンフィクションなので、すべて本当に起きたことだと思うと、考えさせられるものも多く、いかに現代の日本人が政治へ参加していないかも実感させられます。

バレエという大きなテーマの中に隠れた数々の小さなテーマ

どんなに貧しい場所や家庭に生まれても、やはり個人の才能に勝るものはないのが本当だと思います。

けれど、その才能を見出すための方法に恵まれることなく終わるのも現実であるため、残酷な時代に、残酷な方法ではあったが才能を見出してもらい、成長させてくれる機会に恵まれたことは幸せだったのかもしれないな。

そのようなシステムがもっと平和に、だれかが犠牲にならなくとも行われるような世界になっていったらいいなと思いました。

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