ダンサーでもなく作曲家でもなく、振り付け師でもなく舞台監督でもなく。
近代バレエの発展において重要な役割を果たしながらも、意外にもその存在については語られる機会が少ない伴奏者についてご存知ですか?
■目次
「バレエ伴奏者の歴史」の著者紹介
「バレエ伴奏者の歴史」は2023年1月に、音楽之友社から出版されました。
著者は永井玉藻さん。
慶応義塾大学の大学院からパリに留学して現地で博士号を取得。
19世紀から20世紀にかけてのフランスアート・ダンスを専門にしていて、パリ・オペラ座に関する著書も多数発表している音楽史のスペシャリストです。
バレエ公演に欠かせない生演奏
オペラやバレエの公演はほとんどの場合は、オーケストラの生演奏付きで行われますよね。
当然ながら全体を通してのリハーサルや個々のトレーニングの度に、大勢の演奏者を集める訳にはいきません。
オーケストラと合わせる練習は公演初日の数日前から、それまでの稽古は専門に伴奏を担うピアニストが。
ダンサーは普段の練習から音楽を流しながら身体を動かすために、その場でオリジナル曲を弾いたりと柔軟な適応力と鋭い感性が求められます。
ピアニストが伴奏を担当するようになったのは20世紀の初頭から
それでは19世紀以前にはバレエの稽古はどのように行われていたのでしょうか?
エドガー・ドガの絵画
その疑問に答えてくれるのが1枚の絵画、作者はエドガー・ドガで19世紀後半の印象派を代表する画家。
横浜美術館や伊勢丹美術館で展覧会が開催されたこともあり、日本にもコレクターや愛好家が多いと言われていますよ。
いま現在ではオルセー美術館に所蔵されている「ダンスのクラス」。
毎日のように世界中から観光客がやってきて長蛇の列を作っているとか。
きらびやかなチュチュを身にまとった年若い踊り子たちが、一生懸命に練習している姿には誰しもが心を癒されるのでしょう。
バレエ団を題材にして絵を描くことが多かったというドガ
劇場で起こる様々なドラマはもちろん舞台裏や楽屋に隠された日常も見逃しません。
団員の花形ダンサーだけでなくオペラ座のスタッフ、そしてバイオリンやヴィオラを構えた伴奏者の姿も記録に残していました。
この頃はまだピアニストが稽古場をリードしていたのではなく、弦楽器奏者が伴奏を任されていたことが推測できますね。
その素性に関しては一切が明らかにされてこなかった伴奏者。
オペラ座バレエ団を支えるために日々貢献しながらもなぜ歴史に名を刻むことなく忘れら去られてしまったのか。
ステージの真ん中に立ってスポットを浴びるのがアーティスト、彼ら彼女たちが実力を発揮しやすいようにサポートするのが裏方。
この構図はバレエに限定されることなく、古今東西のエンターテイメントに共通する普遍的なお約束なのかもしれません。
観客席からは見えることのない、バレエ上演のもうひとつの顔。
普段は決して表舞台にでない縁の下の力持ちに対して、本書では貴重なインタビューを試みていますよ。
滝澤志野さんは大阪府出身、桐朋学園大学でピアノを専攻して卒業後の2004年に新国立劇場と契約へ。
2011年にはウィーン国立歌劇場の専属ピアニストに就任、リリースしたレッスン用のCDは国内のバレエショップを中心にベストセラーになっています。
小さい頃から即興でピアノを弾くことが得意だったという滝澤さん。
この瞬発力を活かして右も左も分からないバレエの現場に飛び込んでいったというから驚きですね。
全身を使って極限の美を表現して、演奏と踊りの向こうにある未知の世界を目指しているという彼女の挑戦に注目してみたいです。
まとめ
華やかなカーテンコールの陰には、日々の鍛練を地道に支えてきたバレエ伴奏者がいることを実感しました。
時代が大きく変わった現在でもその状況は変わることなく、今日も海の向こうの劇場であるいは街中のバレエ教室で。
次の世代を創る踊り手たちを後押しするために、伴奏者たちが真剣な表情で楽器に向かっている様子が思い浮かんできます。
この本の最終章でキャリアや仕事について様々な角度から話をしているのは、そんな若き担い手たち。