「シリア」という国名を聞いて、どんなキーワードを連想するでしょうか?
首都ダマスカス、アサド大統領、イスラム教、パルミラ遺跡、ヒジャブ、砂漠、内戦… 真っ先にバレリーナを思い浮かべる方はほとんどいないでしょう。
■目次
「シリアからきたバレリーナ」基本データ
「シリアからきたバレリーナ」はそんな激動の国を脱出したひとりの女の子が、バレエとの出会いを経験しながら生きる希望を見出だしていく感動作です。
著者はキャサリン・ブルートンさん、中学校で演劇と英語の教師として働きながらこれまでに何冊かの児童文学書を発表してきました。
アフリカ諸国を渡り歩き子どもたちの教育やボランティアにも熱心で、本作品の中にもその当時の経験が存分に活かされています。
本国のイギリスではベストセラー、アメリカではカーネギー賞にノミネート。
日本では尾﨑愛子さんの翻訳によって2022年の2月に、偕成社から刊行されました。
画家の平澤朋子さんによる優しいタッチのイラストが、難民という深刻なテーマを取り上げたこの物語に花を添えています。
「シリアからきたバレリーナ」あらすじと感想
みすぼらしい格好だけど、瞳を輝かせているアーヤ
ヒロインはアーヤ、11歳の少女ですが身体つきが小さいために実年齢よりも下に見られることが多いでしょう。
身にまとっているのはお母さんからの御下がりらしき古いワンピース、足は痩せ細っているために履いているレギンスもブカブカです。
両親ともに熱心なイスラム教徒であるために、ツヤツヤとした美しい黒い髪の毛を大きなスカーフですっぽりと覆わなければなりません。
その横顔はやつれていますが、瞳だけは好奇心でらんらんと輝いているのが頼もしいですね。
まだ1歳にもなっていない弟のムーサの子守りを、母親に代わって引き受ける心優しい一面も持ち合わせています。
なぜアレッポからマンチェスターへ移り住んだのか?
生まれ育ったのはシリア最大の都市アレッポ、現在はイギリス北部マンチェスターに滞在中。
なぜ彼女が故郷の地中海東岸を追われてヨーロッパに逃れてきたのか、その発端となった出来事は5年ほどさかのぼることになります。
「アラブの春」
中東諸国に民主化の波が押し寄せた2011年の「アラブの春」、遠くはなれた日本でも連日のようにテレビのニュースで放映されていたのは記憶に新しいのではないでしょうか。
シリアでも長期政権に対する抗議デモが激しくなっていき、激しい戦闘の火蓋が切って落とされます。
独裁者VS民主派という、単純な構図に収まらないのがこの問題の難しいところです。
民主派の中にもさまざまなグループが誕生しては分裂・統合を繰り返し、一枚岩という訳にはいきません。
さらには欧米・ロシアなど諸外国が自国の勢力拡大のために介入して、より一層泥沼化してしまったのも大きな要因となっています。
大国の利益のために小さな国のささやかな幸せが失われていく、いつの時代にも続く不条理な現実には胸が痛みます。
銃を持った兵士たちが家のすぐ外を歩き回るようになった頃、ついにアーヤ一家は国を脱出します。
首都ダマスカスからキリスの難民キャンプ、トルコのイズミルから海を渡ってギリシャのキオス島、そしてイギリス… ようやくたどり着いたこの地でも、アーヤたちは大歓迎とはいきません。
移民局から支援センターまでをたらい回し、収容施設に留め置かれたかと思えば避難所へ、時には警察のワゴン車の後部座席に詰め込まれたり不法入国者のような扱いを受けることも。
アーヤに手を差し伸べたバレエ教室を運営する老婦人
彼女の名はミス・ヘレナ、雪のように白い肌にすみれのような澄んだ色の目、バネのような強靭さを秘めた手足からして只者ではありません。
ヘレナのクラスに通ってくるのは裕福な家庭で育ったイギリス人の少女たち、対するアーヤは英語もほとんど話せずに服装も粗末。
明らかに異端児であるアーヤがいかにしてみんなの輪の中に溶け込んでいくのか、そしてヘレナが厳しいレッスンを通して1番に伝えたかったこととは?
いま現在バレエを習っている方はもちろん、海外の小説に触れる機会が多い読書家の皆さんも是非とも読んでみてください。